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東京高等裁判所 昭和33年(ツ)16号 判決 1958年10月16日

事実

原判決は高沢と深沢の会議をもつて取締役会であると断定しているが、その判断は、不当不法のものである。深沢は昭和二十九年四月二十二日上告会社の取締役辞任後は何ら上告会社の取締役の権利義務を有していないから、深沢が昭和二十九年四月二十九日頃上告会社取締役高沢と会談したからといつて、それが上告会社の取締役会とはならない。

凡そ取締役会という会議体の意思決定には先ずこれを構成する構成員全員に対して招集通知をし、その招集の下に出席した構成員たる取締役が秩序ある統制の下に決議がなされてはじめて会議体すなわち取締役会の意思が決定されるもので、その決議は取締役会が開かれた上で、取締役が取締役会たる認識のもとに表明することによつて取締役会の意思とみることができるのである。従つてその根底において取締役会が開かれもせず、また取締役会たる認識のないものの表思は、その人が仮りに取締役であつたとしても、それらの集積を以て取締役会の意思とみることはできない。また、取締役会は取締役全員の同意あるときは招集の手続を経ないで開くことができることは原審のいうとおりであるけれども、取締役会開催という事実も認識もないところに、招集手続の省略の同意ということもあり得ない。

本件において上告会社取締役高沢と深沢が会同した昭和二十九年四月二十九日頃は、深沢は既に上告会社取締役を辞任した後で同人に取締役の権利義務行使の認識はあり得ず、高沢も又辞任した深沢を取締役とは見ておらず、勿論同人と取締役会を開催する意思は毛頭有していなかつたのである。従つてその認識のない両名が会同して談合したからといつて、それを以て上告会社の取締役会と解することはできないし、また招集手続の省略ということもあり得ない。原審はこれを以て取締役会としての効力を有するものとみなしたのであるが、取締役会が開かれたか否かは事実の問題であつて、裁判所の判断によつてみなす取締役会というものは法律上あり得ない。

よつて原判決には審理不尽、理由不備、法令違背があるとして上告した。

理由

原審は、昭和二十八年九月当時上告人東京自転車株式会社の取締役であつた被上告人安藤良一が上告会社に金十万円を貸付けたことにつき、昭和二十九年四月二十九日上告会社の取締役会の承認を受けたから右消費貸借は有効であるとし、被上告人の本訴請求を認容している。そうして原審は、右承認当時の上告会社の取締役会の構成員は高沢貞蔵、深沢又輔及び被上告人の三名であるとし、その理由を次のように説明している。

すなわち、従前上告会社の取締役は深沢又輔、小幡常二、今堀盛頭、小平スイ子及び被上告人の五名であつたが、そのうち小幡、今堀、小平の三名は昭和二十八年十月二十三日辞任し、次いで深沢及び被上告人も昭和二十九年四月二十二日辞任し、同日新たに取締役及び代表取締役として高沢貞蔵が就任し、昭和二十九年四月二十二日以後の上告会社の取締役は高沢一人となり、定款所定の取締役定員数三名を欠く結果となつたから、同日辞任した深沢及び被上告人は同日以後も商法第二百五十八条により新たな取締役の選任されるまで(昭和三十年五月二十日前記小幡及び小平が再び取締役に就任しているから、同日まで)なお取締役の権利義務を有していたものである。従つて前記承認当時の上告会社の取締役会の構成員は前記高沢貞蔵、深沢又輔及び被上告人の三名である。

以上のとおり認定しているのであるが、原審が小幡、今堀、小平の三名が辞任したことの証拠として引用している会社登記簿謄本によれば、「取締役小幡常二、今堀盛頭、小平スイ子は昭和二十八年十月二十三日退任す。」と記載してあるのみであるが、会社役員の退任の効果は、辞任の外任期満了その他の事由によつて生ずることがあるから、右のように会社登記簿謄本に「退任」と記載されてあつたからといつて直ちに「辞任」を意味するものとは認め難い。もしまた原判決に示した「辞任」が「任期満了による退任」の誤解であるとしても、上告人が主張するように、上告会社が昭和二十七年十月二十三日設定せられ、通常ならば商法第二百五十六条第二項の規定により、これより一年後である前記昭和二十八年十月二十三日右三名の取締役の任期が満了すべき場合においても、同じく上告人主張のように上告会社の定款に、決算期は毎年八月末日その日から六十日以内に定時総会を招集し、取締役の任期が任期中の最後の決算についての定時総会の終結前に満了するときはその終結まで任期が延長せられる旨の規定があるにおいては、前記商法の規定にかかわらず、右三名の任期は昭和二十九年八月末日の決算期に関する定時総会の終結にいたるまで、その任期が延長せらるべきであつて、その結果原判決認定のように昭和二十九年四月二十二日深沢及び被上告人の辞任があるものとすれば、前記承認当時である昭和二十九年四月二十九日当時の上告会社取締役は、原判決認定の前記高沢のほか前記小幡等三名が加わるべきであつて、深沢及び被上告人は当時取締役の権利義務を有していない理である。従つて小幡等三名の取締役が加わらず、取締役の権利義務を有しない深沢及び被上告人が加わつて構成した前記取締役会の承認はその効力がないこと明らかである。

原判決はこの点において、証拠に基づかないで事実を認定したか、または審理不尽の違法があるとして原判決を破棄し、本件を原審に差戻した。

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